「入力機器」としてキーボードは衰退していくのか考察

ふと、思ったことがある。

キーボートは近い将来無くなるか否か、という妄想。

元号が「令和」となり、これからの未来を漠然と考えた時に、安易に想像できるのはIT企業、プログラミング業界における様々な業務の自動化。要はAIが人の代わりとなり、仕事するわけだ。

ロボット産業から家電のIot化に始まり、自動車のオートパイロット技術もどんどん向上し、最近は技術発展の速度に驚くばかりである。

しかし同時に、AIで十分代用できる事も増えており、そうなると人々の仕事がAIに取られ、ある境目をきっかけに雇用が激減するであろう時代が目前まで来ているという現実もある。

PCを活用した業務が存在する以上、計算、入力速度が人間よりも高性能なAIにやらせた方が絶対的に有利だからだ。コストパフォーマンスを考えたら当然の選択だと思う。

そういった点で言えば、「人」が「PC」に入力する作業は必然的に少なくなる訳で、キーボードの需要も激減するであろう。

では文章力ではどうだろう?

いくらAIが優秀といっても、感情はやはり持ち合わせていない。

例えば「人々を感動させる本」をAIに作らせたとしたら、それは過去のデータから人々が感動するであろう表現や言い回し等、既存の方法を最適に組み合わせて造り上げる事しか現段階の技術では無理だろう。

やはりそれ以上の新しい表現や文章を書けるのは「人」であるしか他ならないのだ。

そしてそこで登場するのが1872年に誕生したQWERTY配列から殆ど変化が無く、完成された究極のデザインと言っても過言ではない入力機器、キーボードである。

現代では千円札1枚あれば手に入ってしまう手軽さ故に、ハードな使用をするゲーマーや一部の業界の方を除いて軽視されがちだが、人がPC上に文字を入力する際に必ずと言っていいほど使用される超重要なアイテムだ。

そして、ここまでダラダラと書いて一つの確信が持てたことは、これから10年、100年先だろうが様々なジャンルで文章というコンテンツは様々な媒体で生き残り続けるであろうという事だ。

だって、人の心を動かせる文章を作り出せるのはやはり人だと思うから。

そう無理やり関連付けてしまえば、それらの媒体がこの世から作り続けられる限り、

キーボードという人類に入力機器として最適化され、地位が確立されたアイテムは生き残り続けるであろう…多分。

以上妄想でした。

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